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スポーツ界におけるSNS時代の誹謗中傷問題とその対応:現状と今後の展望

作成者: S・H/N・K|2025.07.25

SNSの普及により、誹謗中傷の問題はスポーツ界においても深刻化しています。
2025年3~4月に読売新聞社が実施した全国世論調査では、誹謗中傷に対する世論の高まりが顕著に表れました。

SNS上の誹謗中傷は、社会全体の問題意識に

同調査では、「好きなスポーツ」や「学生時代の部活動経験」といった幅広い項目に加え、SNSに関連する質問(スポーツ選手への誹謗中傷や選手や団体によるSNS運用に関する内容)も多く盛り込まれていました。

「SNSにおける、スポーツ選手やチーム、競技団体に対する誹謗中傷は、深刻な問題だと思いますか?」という問いに対し、92%が「深刻な問題だと思う」と回答しています。
更に、「SNSによる誹謗中傷に対する現在の法整備は、十分だと思いますか?」に対しては、87%が「十分ではない」と回答しています。

SNSにおける誹謗中傷問題は、誹謗中傷を受けるスポーツ選手側のみでなく、世論としても深刻な社会問題と認識していることがうかがえます。
こうした世論の高まりを受けて、2025年6月、スポーツ基本法の改正案が国会で可決・成立しました。
6月10日に衆議院本会議、6月13日に参議院本会議でそれぞれ賛成多数で可決され、正式に成立しています。

今回の法改正では、SNSによる誹謗中傷からアスリートを守る対策の強化が盛り込まれ、今後は国としても本格的に取り組みが進められることが期待されます。

参考
2025年3~4月 郵送全国世論調査「スポーツ」質問と回答(読売新聞オンライン)
全国の有権者から無作為に選別。有効回答数2,068

スポーツ団体による誹謗中傷対策の現状

法改正によって誹謗中傷の根絶が期待される中、現時点でのスポーツ団体の取り組み状況を見てみましょう。

2024年4月1日~2024年6月7日のスポーツ庁による調査では
「誹謗中傷の防止に向けた取組を行っていますか?」という問いに対し、「はい」(取組を行っている)と回答した割合は以下の通りでした。

・日本オリンピック委員会(JOC)、日本スポーツ協会(JSPO)等の統括団体:7団体中6団体
・中央競技団体*:約6割(113団体中71団体)

*中央競技団体とは…国内スポーツを統括する団体。対象スポーツに関する代表選手等の選考権限や選手強化予算の配分権限等、特別な権限を独占的に有する組織。
例:日本陸上競技連盟(JAAF)、日本バスケットボール協会(JBA)、日本バレーボール協会(JVA)等

アスリートへの性的ハラスメント及び誹謗中傷の防止に向けた取組に関する調査結果(スポーツ庁競技スポーツ課) 
※画像内NF=中央競技団体*

中央競技団体における実際の取り組み内容としては、次のようなものが挙げられます。
・スポーツ選手向け:「研修や講習会等を通じた指導・周知(事例共有含む)」(最多)
・誹謗中傷加害者側への抑止(啓発活動):「統括団体等作成ポスター・ パンフレット等の周知」「HP・SNS等を通じた注意喚起 」

アスリートへの性的ハラスメント及び誹謗中傷の防止に向けた取組に関する調査結果(スポーツ庁競技スポーツ課) 
※画像内NF=中央競技団体*

参考
アスリートへの性的ハラスメント及び誹謗中傷の防止に向けた取組に関する調査結果(スポーツ庁競技スポーツ課)

日本オリンピック委員会などの大規模な統括団体に比べて、各競技ごとの団体では誹謗中傷対策の実施率にばらつきがあることが分かります。
また、取り組みの内容を見ると、誹謗中傷の加害者を抑止する施策よりも、選手自身に研修を通じて自衛を促す対策が中心となっているのが現状です。
これは、選手が自ら身を守らなければならないという構図を示しており、課題の根深さがうかがえます。

スポーツ団体ごとの誹謗中傷への具体的な取り組み

ここからは、スポーツ団体が実際にどのような対応を行っているのか、種目ごとにその声明や具体的な取り組み内容を見ていきましょう。
声明の内容や対処方針からは、団体ごとのスタンスや課題意識の違いが浮かび上がってきます。

野球:日本プロ野球選手会

日本プロ野球選手会では、顧問弁護士による誹謗中傷対策チームを設置し、SNS上の誹謗中傷に対して法的な対応を強化しています。

発信者情報開示命令の申立てを複数件実施し、開示を命じる旨の決定がなされた事例が複数発生
・その結果、示談が成立した事例や、侮辱罪等での告訴受理に至る事例が出てきていること
・一部の申立てについては、現在も係属中であることが報告されています

これらの取り組み状況は、選手会の公式サイトを通じて短いスパンで継続的に発信されており、問題に対する強い危機感と、真摯な姿勢が感じられます。
今後に向けても、球団や他競技団体と知見や経験を共有しながら、「スポーツや組織の垣根を超えた誹謗中傷抑止」に取り組むことを明言しています。

参考
今シーズンのプロ野球選手に対する誹謗中傷行為等への対応のご報告 及び今後の取り組みについてのご報告(2024.12.06)

バスケットボール:B.LEAGUE・JBA・千葉ジェッツふなばし

B.LEAGUE(日本プロバスケットボールリーグ)では、2022年の段階で「Cheer with smile , Cheer with respect」というキャッチフレーズとともに、差別・誹謗中傷をなくす啓発メッセージを発信しています。
公式YouTubeでも啓発動画を公開し、ファンや観戦者に対してリスペクトのある応援を呼びかけてきました。

直近では、日本バスケ選手会が2024年10月に声明を発表し、次のように対処方針を示しています。
「選手会顧問弁護士や、アスリートに対する誹謗中傷の抑止活動を行う団体・COASと連携し、法的措置を含めた厳正な対応を進めてまいります」

また、B.LEAGUE所属の千葉ジェッツふなばしも、2025年4月にSNS上での誹謗中傷に関する声明を発表。既に管轄の警察署に報告を行い、対策の協議を進めていることを公表しています。

参考
声明:Cheer with smile , Cheer with respect -差別・誹謗中傷をなくそう-
YouTube動画:Cheer with smile , Cheer with respect -差別・誹謗中傷をなくそう-(2022/09/13)
日本バスケットボール協会(JBA):日本バスケ選手会が誹謗中傷やプライバシー侵害に対する声明「法的措置を含めた厳正な対応を」(2024.10.01)
千葉ジェッツふなばし:【重要】SNS等における誹謗中傷について(2025.04.08)

サッカー:日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)

2024年8月、国際サッカー連盟(FIFA)は、選手などへの人種差別が発生した場合、試合の一時停止・中断・中止といった対応を各国の加盟協会に義務付ける通達を出しました。
こうした国際的な流れを踏まえ、JリーグもSNS等における誹謗中傷への対応を強化しています。

Jリーグは、次のような方針を明言しています。
「警察や弁護士などの外部専門家と連携し、発信者情報開示請求・損害賠償請求・刑事告訴などの法的措置を含め、厳正に対応してまいります」

また、Jリーグ公式YouTubeチャンネルでは、SNS上の誹謗中傷防止を目的とした啓発映像を制作。この動画は試合前やハーフタイム中にもスタジアムで放映されており、ファンへの積極的な啓発活動として継続されています。

参考
Jリーグにおける誹謗中傷・カスタマーハラスメント等への対応について(2025.02.03)
選手のためにも、誹謗中傷と闘う準備をしていかなきゃいけない――田嶋幸三・JFA前会長の8年、そしてこれから(2024.08.24)
Jリーグ公式YouTubeチャンネル:前園真聖さんが25年前を再現「ネットいじめはサイテーだよ。カッコ悪いよ。」Jリーグ SNS誹謗中傷防止啓発映像

バレーボール:日本バレーボール協会(JVA)

日本バレーボール協会(JVA)は、2024年8月、「パリ2024オリンピックに出場するアスリートに愛のある応援を」と題した声明を発表しました。この声明は、オリンピックの試合中に、ある選手がサーブミスをしたことをきっかけに、SNS上で差別的な誹謗中傷を受けた事案を背景として発信されたものと見られます。

しかし、他競技が法的措置の検討や外部専門家との連携など具体的な対処方針を打ち出しているのに対し、バレーボール界では「愛のある応援を」といった感情に訴える啓発にとどまっており、抑止力としてはやや弱さが残る印象です。

また、2025年4月には、審判の判定をめぐってSNS上で批判が集中する一件がありましたが、協会としての公式対応はなく、協会会長が個人のSNSアカウントで心情を発信するにとどまりました。

参考
パリ2024オリンピックに出場するアスリートに愛のある応援を(2024.08.07)

対策が進まない背景とは?

では、なぜスポーツ団体による誹謗中傷対策が十分に進んでいないのでしょうか。
その背景を探るために、スポーツ庁が実施した「アスリートへの性的ハラスメント及び誹謗中傷の防止に向けた取組に関する調査結果」を見てみましょう。

アスリートへの性的ハラスメント及び誹謗中傷の防止に向けた取組に関する調査結果(スポーツ庁競技スポーツ課) 
※画像内NF=中央競技団体*

この調査では、「取り組みを行っていない/行えない理由」として、最も多く挙げられていたのは「事例が発生していない」「必要性が生じていない」といった回答でした。

しかし実際には、事例が発生してもなお声明や対策が講じられないケースもあり、その背景には、次に多かった理由である「マンパワー不足」や「組織的な体制が整っていない」といった課題が関係していると考えられます。

まとめ

世論の9割以上が、スポーツ界におけるSNS上の誹謗中傷を深刻な問題と捉えている一方で、各スポーツ団体の対策は、いまだ発展途上にあります。

取り組み状況や声明内容に差が生まれている背景には、マンパワーや体制整備の遅れに加え、スポーツごとのルールや試合形式の違いによって、
・選手個人への批判が集中しやすいかどうか
・誹謗中傷の傾向や拡散のしやすさ
   などが異なる点も影響していると考えられます。

2025年に成立した改正スポーツ基本法により、今後は国主導での対策強化が期待されるとともに、各競技団体との連携によって実効性ある取り組みが進むことが望まれます。